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 土井晩翠 作詞 / 滝廉太郎 作曲


春高楼の花の宴
めぐる盃かげさして
千代の松が枝わけいでし
むかしの光いまいずこ


秋陣営の霜の色
鳴きゆく雁の数みせて
植うるつるぎに照りそいし
むかしの光いまいずこ



いま荒城のよわの月
替らぬ光たがためぞ
垣に残るはただかずら
松に歌うはただあらし


天上影は替わらねど
栄枯は移る世の姿
写さんとてか今もなお
嗚呼荒城のよわの月
「荒城の月」は4分の4拍子で、全体わずか8小節です。
この曲の特徴はその音組織にあります。ロ短調ですが音階の第7音が出現しないことから、ヨナ抜き短音階には潜在的に日本の伝統音楽の都節の音階が内包されています。

そうした音階を使用して作曲された「荒城の月」の旋律が日本人のもって生まれた音感覚に強く訴えかけ、受け入れられたと考えられます。今日歌われているものは大正7年に山田耕筰が伴奏をつけたものです。音を短3度高くニ短調に移調するとともに、原曲の音価を倍にすることによって旋律全体を16小節に拡大し、ゆっくり情感をこめて歌うように編曲されています。

荒城の月」は1901年(明治34年)中学校の教科書用に東京音楽学校(現東京藝術大学音楽部)が出版した「中学唱歌」に載りました。当時は外国の曲に日本語をつけたものが主流だったのですが、東京音楽学校は教科書唱歌を改革しようということになり、土居晩翠の「荒城の月」などの詩に曲を募集しました。

土井晩翠が「荒城の月」のモデルにしたのは故郷仙台市の青葉城や福島県会津若松市の鶴々城です。一方廉太郎は幼少時代を過ごした竹田市の岡城をはじめいくつかの城をイメージし作曲したというのが定説になっています。

参考資料 松本正「滝廉太郎」




 ≪原曲について≫ 
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荒城の月