■ 研究テーマ

触媒基礎研究部の表面分子化学研究部門において、電極界面(固液界面)をはじめとする種々の界面の構造と、そこでの反応を分子レベルで解析し(図1)、応用の基礎を確立することを目的に研究を展開している。そのための研究手段として、赤外・ラマン分光、和周波発生(SFG)分光、走査トンネル顕微鏡(STM)、電気化学的手法などを複合して用いている。

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1.研究対象としている電極界面反応過程


1.電極触媒反応機構の検討

 従来電極触媒の研究は、電気化学的手段による速度論的解析を中心に行われてきたが、反応が進行している表面の分子レベル解析を総合することにより、より詳細な反応過程を知ることができる。水素電極反応、酸素還元反応、小分子の陽極酸化反応など、燃料電池の基礎となる反応過程を検討している。

2は、水の電気分解の陰極反応である水素発生の機構を解析した例で、内部反射型の表面増強赤外分光法(SEIRAS)を用いることにより、水素発生に妨害されることなく表面観察が可能になり、atopサイトに吸着した水素原子のPt–H振動を観測した(2a)。バンド強度の電位依存性がFrumkin吸着等温式で表されること明らかにし(2b)、これから求めた吸着水素の活量と流れる電流の両対数プロット(2c)から、atopサイトに吸着した水素原子が反応の中間体であり、その結合が反応律速であることを結論した。また逆反応である水素酸化反応でも、H-H結合の切断が反応律速であることを示した。電気化学的測定に基づく推論が分子レベルで確定できたところに意味がある。 

メタノール等の小分子を燃料とする燃料電池の開発が急務であるが、これら分子がCO2に酸化される機構が明らかでないことが触媒開発の障害となっている。当研究室では、これら分子がフォルメート吸着種を経て酸化されることを初めて明らかにしたが、反応機構ならびにダイナミクスをより深く理解するために、これら分子を定電流(定電位)電解したときに観測される電位(電流)振動現象を分子レベルで解析している。図3はギ酸の定電流酸化の例である。電位振動では反応が阻害されると電位が上昇し、促進されると低下する。従来は分解で生じた吸着CO(被毒種)の生成・酸化で説明されてきたが、本研究では、「反応中間体であるフォルメート種が高被覆率では被毒種になる」という従前とは本質的に異なる新しいモデルを提案した。また、実験結果に基づいた数学モデルで、この提案が妥当であることを示した。 

 

 

 

 

   









2.貴金属単結晶電極表面における電極反応機構の解明

 表面原子構造が規制された貴金属(白金、パラジウム、金など)の単結晶表面における電極反応過程を追跡し、電極反応と電極表面構造の関係について解明する。燃料電池の燃料の一つとして期待されているジメチルエーテル(DME)の電気化学的酸化過程について調べた結果、白金単結晶電極の結晶面方位によって大きく依存し、Pt(100)表面が高い電極触媒活性を示すことを示した(図4)。また、種々の長さの(100)テラス構造をもつ白金単結晶高指数面電極を用い、DME酸化反応と結晶面構造の関係をより詳細に検討している。さらに、赤外反射分光法を用い、電極表面で生成した反応中間体について、分子レベルで反応機構について議論した。 

4.白金単結晶電極表面におけるDME分子の電気化学的触媒活性の結晶面依存性。

 



3.電気二重層界面のダイナミクス

 電極反応過程では、電極表面への分子の吸着脱離、水分子の配向変化などにより、電気二重層の構造が変化する。この変化は電気容量や電位変化から容易に知ることができる。しかし、反応の本質をより深く理解するためには、その超高速ダイナミクスを理解することが重要である。そのための手段の一つとして、パルスレーザーを電極表面に照射し、界面温度のジャンプにより電極電位を瞬時に変化させる温度ジャンプ法を用いている。

 図5Aは、COが吸着したPt電極にレーザーパルスを照射したときの電位変化である。20 mJcm-2までの弱いパルス照射では、電位がカソード側にシフトし、約20マイクロ秒以内に回復する。これは、電極界面で整列した水分子が、レーザー加熱で乱され、電気容量が減少したことを反映している。一方、パルスエネルギー20 mJ cm-2以上では、その後にアノード側に約70マイクロ秒かけてシフトする。この変化は、赤外反射吸収分光測定により、COが脱離するためであることが分かった。表面は1 V以下では負に帯電しているため、COが脱離した空きサイトに水分子が水素原子を下に向けて吸着する。そのため、界面の双極子モーメントの和が変化し、電位はアノード側にシフトする(図6)。熱脱離には初期電位依存性があり(図5B)、低電位ではCOが脱離しやすく、電位変化速度も遅くなることが分かった。これらは、いずれも低電位では電場強度が強くなり、大きな双極子モーメントを持った水分子はCOを押しのけて吸着しようとする力が増大し、その構造もより電場による束縛を受けるためであると考えられる。 

 

 

 

 

 

 







4.有機超薄膜の構築および構造・機能性評価

 自己組織化法やラングミュア・ブロジェット(LB)法はナノテクノロジーのボトムアップの一手段として注目を集めているが、それらの膜の構造設計を十分に活用した研究は多くない。これらの機能性有機薄膜の構造と機能の関連に着目した検討を行っている。例えば、金電極表面に構築したRu多核錯体は多段階・多電子移動が可能であり、電位によってRuの酸化状態を制御することにより、配位子(溶媒分子、CONO)を自在に交換できることを明らかにした。この手法を拡張して、多層膜を一層ずつで構築することができると同時に、光化学と電気化学的手法を持ち、電極表面に種々の配位子をもつRu単分子膜のパタン構造を作成することにも成功した。

対称中心対称性が崩れた表面や界面のみ応答する和周波発生(SFG)信号が発生するので、この特性を利用し、界面での分子構造を計測できるSFG分光法を開発した。この手法を用い、種々の有機分子の超薄膜の界面分子構造や表面再配列過程などを解析した。また、多界面から発生するSFG信号を定量的に理解するために、LB多層膜内に特定の層を選択的に水素化・重水素化した脂肪酸分子から成る多界面モデル系を設計し、そのSFGスペクトルの定量解析を行った(図7)。

7LB多層膜のSFGスペクトルは、LB多層膜の最表層と最下層からの寄与によるものであることを実験と計算の両面から定量的に結論した (J. Phys. Chem. B., Cover Art)

 オキソ架橋型ルテニウム複核錯体を金電極上に金S(配位子の持つチオール基)結合を用いて固定化し、溶液との界面での機能、特に酸化還元機能を溶液内の化学種との相互作用に注目して調べた。複核ルテニウム中心の酸化状態は、(II,II)から(III,IV)までの3段階の一電子過程で変化する。この過程の電位はオキソ架橋へのプロトン付加で大きく変化する。

さらに、溶液内のルイス酸(
BF3、金属イオンなど)のオキソ架橋への付加によっても大きく影響されることを明らかにした。溶液内化学種により表面固定金属錯体の反応性が制御出来ることを示す例として重要である。また、各酸化状態における構造情報を、表面赤外分光法で調べ、配位した酢酸イオンのカルボキシル基の振動が酸化数により敏感に変化することから、表面化学種の電子状態を知る重要な手段となることを明らかにした。

8. オキソ架橋型ルテニウム複核錯体の金電極上への自己組織化及び機能化反応