振動分光法による界面分子構造の解明
触媒反応から生体の新陳代謝まで様々な化学や生化学反応は物質の表面界面で起こっている.これらの反応を理解して,さらに積極的に制御または利用することは非常に重要なことである.そこで、我々は、固/液や固/気などの様々な界面・表面における分子構造及びその反応速度を原子・分子レベルでの解明を目指し,界面での化学反応を制御するための基礎研究を行っている.これらの研究は基礎研究の面において,固液界面の界面電子移動機構と反応速度論、及び生体の新陳代謝や遺伝情報の複製に重要な役割を果す生体膜の構造と機能発現の関係解明のどの基礎的研究は無論のこと,将来のグリーンエネルギーとして担うリチウムイオン電池や燃料電池の実現にも貢献すると期待されている.

■この目標を実現するために,界面における分子構造の高感度な計測が不可欠である.しかしながら,測定対象となる表面や界面における分子の絶対数が極めて少なく(通常1015個 /cm2以下),また超真空下での先導的な研究で開発されてきた電子線をプローブとする計測技術は,反応気体中や電解質溶液中などの環境では利用できないため,界面分子の構造に関する情報を環境問わず高感度かつ選択的に測定できる手法の開発が期待されている.

表面・界面における分子構造について,分子レベルで研究する手法として,主に分子構造を光でプローブする振動分光法(例えば,赤外分光法とラマン散乱)及び,界面形状を直接観察できる走査型プローブ顕微鏡SPM(例えば,走査型トンネル顕微鏡STMと原子間力顕微鏡AFMが挙げられている.

振動分光法とは,直接分子内にある化学結合の伸縮振動や回転振動による光吸収を測り,分子固有のスペクトルを得ることにより,詳細に分子の性質について調べられる.しかしながら,この手法は基本的に表面や界面の選択性がなく,測定感度も決して高いものではないため,界面分子構造の研究に大きな問題が生じている.これまでに,振動分光法の表面感度を上げるためには,種々の努力が行われてきた.例えば,表面増強ラマン散乱(SERS)
表面増強赤外分光法(SEIRAS)が代表的なものである.しかしながら、これらの手法は限定された基板と分子しか使用できず,理論的解釈はまだ十分でなく,試料調整には経験に頼る部分も多く,一般的応用には困難がある.

最近、振動分光法の中で特に脚光を浴びているのは,米国カリフォルニア大学(UC)バークレのY. R. SHEN教授が確立した二次非線形分光法の和周波発生(SFG)分光法
である.
2012年の夏,フィラデルフィアで開かれたアメリカ化学会(ACS)の夏年会に参加したが,従来の赤外やラマン分光法の発表数に匹敵するぐらいのSFG関連の研究発表はみられるようになった.SFGの詳細について別の総説に委ねることなるが,従来の振動分光法と異なり,極めて高い界面選択性・界面感度の特徴をもち,界面におけるナノ分子構造の研究に応用されるものと期待される.また,パルスレーザーを使用しているので,表面化学反応のダイナミクスを調べることもできる.

UCバークレー校物理科のSHEN研究室と北海道大学理学研究科化学専攻魚崎研究室で非線形振動分光の研究を行い,SFG分光法により固液界面の分子構造に関する研究に積極的に取り組んできた.固液界面のその場SFG分光測定を始め,生体膜界面やリチウムイオン電極溶液界面などの様々な機能性物質材料の界面構造に従事してきた.

2000から,科学技術振興事業団(JST)さきがけ研究21の「変換と制御」研究員を兼任し,研究対象をさらに生体膜界面分子構造とその機能性の関係界面に関する研究に広げた.超短パルスレーザーのフェムト秒の広帯域赤外光と狭帯域化した可視光を用い,広い波長範囲のブロードバンドSFG分光測定システムを構築した.これまでのピコ秒或はナノ秒レーザーと異なり,波長走査なしで高いS/NでSFGスペクトルが得られる.特にフェムト秒レーザーの高いエネルギー密度を活かし、より高効率
SFGが発生できるようになり,生体試料へのSFG測定へ適用した.

すでに人工医用材料などに応用されている生体高分子材料の一つであるポリ(2-メトキシエチルアクリレート)PMEA(山形大学工学部・田中賢先生が開発)の界面分子構造について,SFG測定により生体高分子の表面分子構造に分子レベルでの検討に成功した.これまでに高分子材料の表面や界面分子構造について調べる手法があまりないとも言われたが,SFG分光法の活用により,この分野の新しい飛躍が期待される.

ラングミュアー・ブロジェット(LB)法及びベシクルフュージョン法によりリン脂質分子や脂肪酸分子の二分子膜などの擬似生体膜界面における分子構造は,金属イオンや加水分解酵素の存在により,どのように変化していくことについて,SFG分光法により分子レベルでも詳しく調べている.

また,水晶振動子マイクロバランス(QCM)及び赤外反射分光法(IRRAS)を用い,種々のポリアクリレート系高分子薄膜における環境ホルモン分子として疑われているビスフェノールAの吸着速度について調べ,高感度の環境ホルモン濃度センサーとして開発した.



これまでに、数多くの先生、同僚及び学生らに恵まれて、「化学」のことを楽しみながら研究の道を歩いてきた。これまでに行ってきた研究(論文リスト_H25.3更新)を、整理し易くするために、以下のように大まかに分類してみた。これらの研究に興味をもっている方は、ぜひ気軽に連絡してください。

これらの研究内容について,ここで示されている一部の解説・総説が役に立つかもしれません.



以下の研究内容の紹介は2006年頃までに記載されたで,最新の研究内容について近い内に更新していきたいと思います(上記の論文リストについてできるだけ更新している).