研究概要
1. 選択的糖変換のための固体酸塩基触媒の創生
化石資源に代わる再生可能な炭素資源として,非可食バイオマスの利活用が注目されています.我々は,非可食バイオマスを構成する3つの主要成分(セルロース,ヘミセルロース,リグニン)のうち,糖類の高分子体であるセルロース,ヘミセルロースに着目し,それを起点とした触媒変換反応プロセスを研究しています(Figure 1).例えば,セルロースを加水分解して得られる6炭糖(グルコース)は酸塩基触媒による脱水反応によりフラン化合物へ変換されます.また,酸塩基触媒によってグルコースの炭素-炭素結合を切断すると、炭素鎖が2つ,3つ,4つの炭水化物を合成することができます.前者では5-ヒドロキシメチルフルフラールやフルフラール,後者では4炭糖(エリスロース),3炭糖(グリセルアルデヒドや1,3-ジヒドロキシアセトン),グリコールアルデヒドなどが得られます.これらの分子すべてが重要な基幹化学品の原料となります(Figure 2).これらの反応を選択的に進行させるべく,我々は金属酸化物表面に形成された配位不飽和サイトのルイス酸性質,共役塩基としてその近傍に存在する格子酸素のルイス塩基性質を利用した脱水反応,逆アルドール縮合反応の精密制御に取り組んでいます.表面積の大きな単純酸化物(Nb2O5,TiO2など)や複合酸化物(YNbO4など)などが有効であることを見出してきました.
Figure 1. Structure of lignocellulose biomass
Figure 2. Conversion of glucose to platform molecules by acid-base catalysis
関連論文
- Minjune Kim, Silvia Maria Ronchetti, Barbara Onida, Nobuyuki Ichikuni, Atsushi Fukuoka, Hideki Kato, Kiyotaka Nakajima, ChemCatChem, 2020, 12, 350-359.
- Mizuho Yabushita, Natsumi Shibayama, Kiyotaka Nakajima, Atsushi Fukuoka, ACS Catalysis, 2019, 9, 2101-2109.
- Guanna Li, Evgeny A. Pidko, Emiel J.M. Hensen, Kiyotaka Nakajima, ChemCatChem, 2018, 10, 4084-4089.
- Kiyotaka Nakajima, Jun Hirata, Minjune Kim, Navneet Kumar Gupta, Toru Murayama, Akihiro Yoshida, Norihito Hiyoshi, Atsushi Fukuoka, Wataru Ueda, ACS Catalysis, 2018, 8, 283-290.
- Toru Murayama, Kiyotaka Nakajima, Jun Hirata, Kaori Omata, Emiel J. M. Hensen and Wataru Ueda, Catalysis Science & Technology, 2017, 7, 243-250.
- Navneet Kumar Gupta, Atsushi Fukuoka, Kiyotaka Nakajima, ACS Catalysis, 2017, 7, 2430-2436.
- Ryouhei Noma, Kiyotaka Nakajima, Keigo Kamata, Masaaki Kitano, Shigenobu Hayashi, Michikazu Hara, Journal of Physical Chemistry C, 2015, 119, 17117-17125.
- Kiyotaka Nakajima, Yusuke Baba, Ryouhei Noma, Masaaki Kitano, Junko N. Kondo, Shigenobu Hayashi, Michikazu Hara, Journal of the American Chemical Society, 2011, 133, 4224-4227.
2. バイオマス由来フラン類からのポリマー原料合成
非可食バイオマスから誘導される5-ヒドロキシメチルフルフラールのもつ2つの官能基を、カルボン酸(-COOH)、アルコール(-OH)、アミン(-NH2)などへ選択的に変換すると、機能性バイオマスプラスチックの原料となります.しかし,アルデヒドとアルコールが共存するHMFの触媒変換反応では複雑な副反応が同時に起こり、その副反応はHMFの濃度上昇に伴って深刻になります.化学品の商業生産では10 wt%以上の高濃度プロセスが基本となりますが,HMF変換反応では副反応抑制のため低濃度プロセスに限定されており、それが実用化へ向けた最大のハードルとなっていました.我々はHMFの副反応抑制法として“アルデヒド部位のアセタール保護”に着目し、高濃度プロセスの構築に取り組んできました.1,3-プロパンジオールによるアセタール化でHMFのアルデヒド部位を6員環アセタールへと変換すると高濃度溶液にて引き起こされる副反応が大幅に抑制できることを見出しました.アセタール化した基質と担持金属触媒を利用した酸化・還元反応により,ポリエステル原料となるジカルボン酸やジオール,ポリアミドの原料となるアミン類の合成に取り組んでいます(Figure 3). 特に,HMFの酸化で得られるフランジカルボン酸(FDCA)はテレフタル酸の代替品となり,エチレングリコールとの重合体であるポリエステル(ポリエチレンフラノエート,PEF)はガスパリア性の高い機能性樹脂となります(Figure 4).PEFの意義は,ポリエステル合成で幅広く利用されている化石資源由来のテレフタル酸をバイオマス由来のフランジカルボン酸で代替できることにあります.例えば,すべての樹脂用途で利用されているテレフタル酸をバイオマス由来品で置換できると,2000万トンを超える二酸化炭素削減効果が得られます.我々のアセタール保護を利用したHMF酸化反応では,10wt%以上の高濃度溶液を利用してもFDCAを高収率で合成することができるため,その技術はFDCAの大量生産を可能にする要素技術になると期待しています.
Figure 3. Conversion of glucose to platform molecules by acid-base catalysis
Figure 4. Synthetic routes for a biomass derived and highly functional polyester (PEF)
関連論文
- Tat Boonyakarn, Jan J. Wiesfeld, Miyuki Asakawa, Lulu Chen, Atsushi Fukuoka, Emiel J. M. Hensen, Kiyotaka Nakajima, ChemSusChem, in press.
- Ferdy Coumans, Zhanna Overchenko, Jan J. Wiesfeld, Nikolay Kosinov, Kiyotaka Nakajima, Emiel J.M. Hensen, ACS Sustainable Chemistry & Engineering, in press.
- Jan J. Wiesfeld, Minjune Kim, Kiyotaka Nakajima, Emiel J.M Hensen, Green Chemistry, 2020, 22, 1229-1238.
- Minjune Kim, Yaqiong Su, Atsushi Fukuoka, Takayuki Aoshima, Emiel J. M. Hensen, Kiyotaka Nakajima, ACS Catalysis, 2019, 9, 4277−4285
- Minjune Kim, Yaqiong Su, Atsushi Fukuoka, Emiel J.M. Hensen, Kiyotaka Nakajima, Angewandte Chemie International Edition, 2018, 57, 8235-8239.
3. 表面分光分析と理論計算を活用した触媒表面での反応ダイナミクスの解明
固体表面に形成された活性サイトの構造と働き方(触媒作用)を解明することは,反応の高効率化を目指すうえで極めて重要です.我々は,X線構造解析やプローブ分子を利用した赤外分光分析による構造解析と,同位体でラベルした基質による反応速度解析,更にはそれらの結果を踏まえた理論計算を実施することにより、固体表面にて触媒活性サイトと基質を含む反応ダイナミクスの解明に取り組んでいます.このアプローチに基づき,例えば,酸化チタン触媒によるグルコースの脱水反応では,酸化チタン表面に存在する配位欠損サイト(4配位チタン種,TiO4)と第二配位圏に存在するヒドロキシ基(Ti-OH)がルイス酸,ルイス塩基として機能し,その協奏作用によって逐次的な脱水反応が進行することを明らかにしました(Figure 5).理論計算については、海外の共同研究グループ(オランダ・アイントフォーフェン工科大学・Emiel Hensen教授)との共同研究にて実施しています。過去には、我々のグループの修士課程の学生が先方に3カ月滞在して,先方の博士研究員と一緒に研究を実施した実績もあります。我々は海外のグループと定期的な情報交換を行なっており,所属する学生には国際的な研究交流活動への参画を奨励します。
Figure 5. A typical research circle in Nakajima group: 1) design of heterogeneous catalysts and their catalytic reactions, 2) advanced spectroscopies, and 3) theoretical calculations
関連論文
- Minjune Kim, Yaqiong Su, Atsushi Fukuoka, Takayuki Aoshima, Emiel J. M. Hensen, Kiyotaka Nakajima, ACS Catalysis, 2019, 9, 4277−4285
- Minjune Kim, Yaqiong Su, Atsushi Fukuoka, Emiel J.M. Hensen, Kiyotaka Nakajima, Angewandte Chemie International Edition, 2018, 57, 8235-8239.
- Guanna Li, Evgeny A. Pidko, Emiel J.M. Hensen, Kiyotaka Nakajima, ChemCatChem, 2018, 10, 4084-4089.